(24)達弥西心のMAO

達弥西心のMAO

●奮起と負けん気 - HMU 達弥西心

奮起はいいが、負けん気はダメです。負けん気には、天の応援がありません。

「負けてなるものか」という思いが、すでに天に唾しています。天の下で、人間はどうするべきでしょう。

こんなに一生懸命やっているのに、という思いは負けん気になりやすいので、注意が必要です。

病気、困難、困りごとなどには、負けん気で臨むとうまくいきません。闘うこと自体が天に唾することになるのです。この部分はとても大切なところです。

負けず嫌いでない成功者はいません。しかし、真の成功者は天に対してとても謙虚です。

負けたくないという思いに、「なぜならば」という理由がふっと浮かんでくるとき、それは明らかに頭で考えています。アタマで、他人に、病気に、困難に、困りごとに、すなわち天に、負けたくないと考えているのです。

だから、肩の力をふっと抜いて「現実大肯定」しかないのです。

そういう意味では、負けん気は欲の典型とも言えるでしょう。

MAOがなかなか深まらないことのもっとも大きな原因は、欲に執着するMAOになっているということでしょう。つまり負けん気のMAOです。

勝つためにはどうしたら良いかを頭で考えながらMAOしているせいです。欲に執着するMAOから、いかに早くに欲を離れるかのMAOに切り替えることです。

欲を離れるためのMAOの実践がいま一つよく分からない人は、まずは自分がふと不安に思うこと、疑問に思うことを解消するMAOを心がけてみることです。

こうなったらいいな、こうじゃないかなと期待しながらのMAOをとりあえず止めることです。MAOによって自分を励ましているうちに、いつの間にか欲に執着するMAOになっていることがあるからです。

生きていく以上の糧を求めようとするところから、欲に執着するMAOになっていきます。

その人に必要な分だけの糧はその人に回ってくるようになっています。風は充分に吹いているのです。にもかかわらず、どうして生きていくのに必要な糧にも困る人がいるのでしょうか。

もちろん気付かせのために流れを止められている場合もありますが、一方で風は充分に吹いているのに風に乗れない人もいます。

さて、風が吹いているにもかかわらず、生きていくために必要な糧を稼ぐことのできない人は、稼ぐ才能のない人です。

稼ぐ才能のない人は稼ぐ才能のある人に協力することです。稼ぐ才能のある人は稼ぐ才能のない人を雇って、養ってやることです。この関係が正しい雇用関係です。

稼ぐ才能のない人は商売を始めないことです。稼ぐ才能のある人は稼ぐ才能のない人を養ってやることです。ただし、稼ぐ才能のある人、稼ぐ才能のない人ともに、天意に沿っていることが絶対条件です。いずれか一方でも天意に沿っていなければ、この正しい雇用関係は成り立ちません。

●人生のシナリオ=主役・脇役・影役・闇役・ダサイ役 - HMU 達弥西心

この世は、自分も生きていますが、自分以外の人たちもたくさん生きています。この世に存在するには存在するだけの理由があります。生きていくには生きていくだけの意味があります。存在する理由があり、生きいていく意味があるとするならば、そしてその理由と意味がこの世のすべての人たちにあるとするならば、そこにシナリオが用意されていなければならないはずです。シナリオがなければ混乱するからです。

たとえば、ある芝居を上演するために、役者をはじめとして出演する人たちがたくさん舞台に集められたとします。

これだけでは、全員集まっても芝居は始まりません。シナリオが必要なのです。シナリオがなければ、役も決まりません。誰ひとりとして動くことさえできません。

天のプロデュースによって、「人生」という人間芝居が始まるのです。

たいていの人がいきなり自分を主役として書かれたシナリオを手渡されます。自分が主役ならば、どんな演技をすればいいのか。自分がスポットを浴びる光の役である主役とすれば、脇役は誰なのか、光の役を際立たせる影の役は誰なのか、光の役を浮かび上がらせる闇の役は誰がやるのか、そして通りすがりの人たちを誰がやるのか、です。

そして彼らと主役の自分はどう絡めばよいのか、どんなセリフをどのように言い回せばいいのか、どこでどんな所作をする必要があるのか、です。MAOによって、自分のこころから演技指導を受けるのです。

これだけたくさんの人たちが同時に生きているこの世です。あなたを主役として書かれたシナリオが進行していく一方で、別の誰かを主役として書かれたシナリオも同時に進んでいるのです。

そのシナリオはあなたではない別の誰かが主役であるということは、あなたがそのシナリオに登場するとしても主役ではない主役以外の何かの役のはずです。脇役か、影役か、闇役か、悪役か、ただの通りすがりの役なのかです。

あなたが主役のシナリオはあなたが堂々と主役を張ることが必要です。しかしあなたが脇役や影役ならば、あなたは主役を光らせるような演技をしなければなりません。

時には悪役を買って出なくてはならないかもしれません。

嫌味の一つや二つを主役に投げつけて立ち去って行くような役かもしれません。主役に絡んで噛みつくような役かもしれません。主役からすれば憎き役回りになるかも知れません。あなたの演じる悪役がいなければ主役は目覚めることはないかもしれません。まわりの結束を固めることもできないかも知れません。

あなたがたとえば悪役を、MAOによって、その役になりきってその役をやりきった時、そのシナリオは見事に進んでいくのです。その名演技が、あなたが主役のシナリオの成功にも重大に関わっていくのです。あなたが悪役に徹して光らせてあげた主役は、今度はあなたが主役のそのシナリオに悪役として登場してくれて、見事な悪役を演じてくれるのです。

いつも誰からも善い人と思われていたいとムシの良いことを願っている人には、少し厳しい話かも知れません。しかしこれが、現実のこの世の、人生の真実の仕組みなのです。悪役の登場しないドラマ、みんな善い人ばかり登場するドラマほど見ていておもしろくないものはないでしょう。そんなドラマには何かを感じることも、感動することも、教訓すらないでしょう。

MAOによるこころの演技指導なくしては、真実の人生のドラマはとうてい演じきれないでしょう。

●MAOはイメージ、加えて生活の中の実感 - HMU 達弥西心

「じっとしていてもおなかが空くんです」と私が話せば、あなたは「そうですね」と相槌を打つでしょうか。それとも「へえ何のことですか?」と首をかしげるでしょうか。

断食をしたことのある人は、この「じっとしていてもおなかが空く」という意味が容易に理解できるはずです。ともかくそんな感じなのです。

ですが、動いたらもっとおなかが空くのは分かっていても、動かなければ食べられない(つまりお金を稼げない)ので、我慢して動く。我慢して動いたら、また余計におなかが空く、というそんな情けない話なのです。

コンビニばやりのいまどきのことですから、一週間程度の断食をしたことのある人以外に、生活の中の実感としてどうしてもこの「じっとしていてもおなかが空く」という感覚を納得することができないと思います。

MAOはイメージです。しかも、生活の中の実感を伴うイメージでなければ、自分によく理解できません。ですから、MAOする時には自分の体験した生活の中の実感に重ね合わせながらイメージしていくことが肝心です。

たとえば、今まで行ったこともないギリシャの国、突然ですがその田舎町の食堂で食べるギリシャの田舎料理(私もどんなものか想像もつきませんが)、それに似ていますかといくらMAOしてみてもイメージは拡がりません。むなしく空回りするばかりです。自分の生活の中の実感を伴わないからです。

それを、たとえばあの時みんなで食べたおむすびの味、あの味に似ていますかとMAOすれば、イメージは確実に拡がっていくはずです。生活の中の実感を伴うからです。

MAOするときのイメージは自分の側のイメージ、自分が容易にイメージできる得意な領域に重ね合わせて、そこから拡げていくことが肝心です。知ったかぶりをしないことです。雑誌か何かで頭に詰め込んだ情報を基にイメージを拡げないことです。それはあなたの頭の中の空想の世界です。

こころはたいていのことを実際に知っていますから、MAOして聞けばどんどん答えはくれます。しかし実際にその答えにあなたのイメージがついていけるかどうか。イメージがついていけなかったとき、あなたはまったく別のことを思い描いてしまうようになります。

自分の実際の生活の中の実感を伴うイメージを基にMAOすることです。

●過去・現在の延長線上に将来がある(4/4) - HMU 達弥西心

人生のシナリオのボタンが押されたあとは、すべての出来事が見事につながるものです。よく覚えているものです。

私は小学一年生から達弥西心になるまで、そして達弥西心になって以降のことは実によく覚えていますから、人生のシナリオ一直線ということでしょう。これは、もうまっすぐ行けという道だったということだと思います。

●過去・現在の延長線上に将来がある(3/4) - HMU 達弥西心

人生のシナリオのボタンが押される点である「あれ」に目覚めるまでのそれまでの人生というのは、どことなくバラバラになっているものです。つながりません。あんなこともあって、こんなこともあった、よく覚えていないなぁとか、そんなところ、そんな時期はどうでもよかったところ、時間つぶしの期間なのです。

●過去・現在の延長線上に将来がある(2/4) - HMU 達弥西心

まずは過去の「あれ」を探る、そして現在の「これ」を理解することです。これは講座で指導しています。

「あれ」が何歳のどんな出来事だったのかが分かりますから、そうやって理解していくといろんな出来事が現在の「これ」につながるように全部出てきます。その出来事が始まって以来、ずっとそのことに集中するような出来事が認識できます。

●過去・現在の延長線上に将来がある(1/4) - HMU 達弥西心

将来の「それ」は、この世を去っていくその直前にたどり着くところです。「あれ」があって、「これ」がこうきているのに、ここから急に90度曲がっていくとか、まったく別の方向へ急に変わることはまずありません。必ずこの延長線上に将来の「それ」があるのです。この世を去っていくときに、たどり着いているところです。

●過去のボタンはいつ押されたか(4/4) - HMU 達弥西心

そういうところです。ここが実はとても大事なシナリオの始まりのボタンを押されたところです。その結果が今ここにあるわけです。その過去があって、現在がこうあるわけです。その二点が決まったということは、もう線を引くことができます。過去と現在の間に線が引けますから、その延長線上には、未来、将来があるのは当然です。将来の「それ」に向かって生きていけるのです。

●過去のボタンはいつ押されたか(3/4) - HMU 達弥西心

私の実例はその典型かもしれません。たとえばトップで合格したということはなくて、いつも最低ギリギリで、本来なら落ちていたところを救われたというエピソードばかりです。

もう絶体絶命ギリギリという体験は印象深いです。それを潜り抜けたのは、とても自分のチカラではないと思っています。

●過去のボタンはいつ押されたか(2/4) - HMU 達弥西心

この出来事というのは、きっととてもダサいことです。自分にとにかく印象付けるために、とてもかっこ悪いこと、ダサいことを企てます。ダサい経験というのは、どうやら本当の自分自身にとってみれば、印象付けるための常套手段のようです。カッコいいのは絶対にダメです。
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